めぐりファームについて

はじめまして。


めぐりファーム代表の金澤裕子です。


富山県東部の下新川郡入善町、朝日町という所でお米・野菜・ハーブ・オリーブを栽培・販売しています。

農薬・化学肥料は不使用。2021年3月に有機JAS認証を取得しました。

扱っている作物のほとんどは固定種と呼ばれるこれから先も命を受け継いでいける種を使っています。

いろいろな生き物が生活する田畑でできるだけ穏やかに作物に成長してもらえるようお世話しています。

春から秋にかけては「人里の小さな自然とふれあう会」を催し、ご家族そろって田畑で過ごしていただく機会を提供しています。


農業を始めるきっかけは結婚相手が農家の長男だったことでした。

それまでも家庭菜園を楽しんでいましたが先代の義父が脳梗塞で倒れ、田んぼを引き継ぐために2013年に入善町へ転入し稲作の手伝いをはじめました。

そこで初めてやった作業が畔に除草剤を撒く仕事でした。

義母に言われるままに散布しましたが、早春の新緑の季節にいつまでも茶色いままの田んぼの姿に違和感を覚えました。

いつもならシロツメクサや踊子草、オオバコ、オオイヌノフグリ、タンポポ、よもぎ、つくしなどが芽を出すのです。


夏がやってきて一斉に農薬を散布する時期がきました。

小型ヘリで農薬を散布する会社が行うのですが、その目印に赤い小さな旗が立ちます。

町の約7割が水田という入善町にあってそのほとんど全ての田んぼに旗が立っている光景に驚きました。

その旗は他の市町の多くの田んぼでも見ることができますが、だからと言って農村の日常は変わることがありません。

子供達は歩いて学校に行き、ジョギングやペットの散歩をする人などが見られ、生活に変化はありません。

ある日の農薬散布の後、家庭菜園用の畑に行くと、足の踏み場もないくらいのカエルが畑を占拠していました。

隣の田んぼではカエルが数匹お腹を見せて死んでいました。

滅多にそのようなことはないのでしょう。そんな光景を見たのは1回だけです。

でもそれを見たときは衝撃を受けました。

農薬を使うことが推奨され、

それまで自分が送ってきた穏やかな普通の生活がこのような犠牲がなければ成り立たないとされている。

でも農薬を使わなくてもできる農業が成り立てばその輪が広がるかもしれない。

そんな思いで2016年に就農、2018年にめぐりファームを立ち上げました。


今、めぐりファームの田畑では、トラクターやコンバインを使用しています。

田畑に入ると一瞬にしてそこに住む虫たちの環境を変え、ミミズやオケラなど小さな虫たちが相当数犠牲になります。

農業は周辺の生き物を犠牲にしないと成り立たないのが今の現実ですが

それでも毎年田畑ではたくさんのカエルが鳴き、虫が行き交っています。


また作物も命です。

タネや苗を土に下ろすところまでは人がします。

そんなことをしなくても畑のいろいろなところから零れ種が芽を出します。

草を取ったり脇芽を摘んだり時に肥料や堆肥をやりますが、

作物が大きくなり実りををもたらすのは作物の生命力、太陽や水、土などの自然の力です。


ものではなく命のままお客様にお渡しすることができますよう。


たくさんの命が生きている田畑で働くことが私の喜びです。





<めぐりファーム 略歴>


2018年   6月 めぐりファームを立ち上げる。

2019年 10月 クボタ農機主催お米自慢コンテストで富山県2位になる。

2020年 10月 無肥料・無農薬米の販売を開始

2021年   3月 有機JAS認証を取得(93a)





<金澤裕子 略歴>

1974年   富山県富山市に生まれる。

1989~1992年 富山県立富山女子高校に通う。演劇部に所属し1992年全国大会に出場する。

1992~1996年 大阪芸術大学で映像制作を学ぶ?

1996~2002年 就職せずに数々のアルバイトを転々とする。

2002~2004年 ロンドンでも2年半生活。そこでもアルバイトを転々とする。

2004~2016年 地元のケーブルテレビ会社に就職。最初の約6年は富山県魚津市のNICE TVに、出産育児を挟んで残りの約3年は富山県東部の1市2町のみらーれTVで営業事務や広報、トラブル対応などの仕事につく。

2013年    田んぼの手伝いを始める。無農薬栽培開始

2016年~   無化学肥料栽培開始、就農   

ロンドンで滞在中の頃からオーガニックの支持者が一定数いて大体のスーパーでオーガニックの商品を購入することができました。また健康に対する意識が高い多くいて色々なことを教えてもらいました。その知識は今も役立っています。

また多様な民族が住んでいてそれぞれの独自性を尊重しながら友好的に暮らす社会の中で学ぶことは多かったです。どんな生き物とも田畑で適度な距離感を保ちながら共存したいと思い立つきっかけでもあったと思いますきっかけでもあったと思います。

またお年寄りでも子供でもどんな人ともフラットに付き合う気楽さを教えてくれたことも大きかったです。

ロンドンでの生活はそれまで後ろ向きだった性格が少し前向きになったとても貴重な時間。

イギリスやトルコ人タイ人、日本人の女の子やフランス人のゲイの男の子とハウスシェアをして毎晩パーティをして過ごし大学の時にできなかった青春時代を味わったことでやっと定職に就く気になりました。2003年のレインボーパレードに参加できたこともいい思い出。みんなありがとう。

日本に帰って縁あって新川地区と呼ばれる富山県東部に拠点が移りました。素朴なあたたかみが心地よい地域。海も山も近くて食べ物が本当に美味しいところです。